▼以下の指導案は1年生の時に学習した「正義ってなんだろう」を踏まえて、作成してみた。桃太郎側と鬼の側の二つの正義を検討することを通して、今一度「正義」について考えたい。▼p.106の「ボクのおとうさんは、桃太郎というやつに殺されました」という広告作品にはなじめない生徒がいるかもしれないが、今から150年近くも前に福澤諭吉が同じようなイメージの文章を書いている(参考資料1)。▼本指導案では鬼と桃太郎それぞれの視点に立った新聞記事を、見出しを中心に作ってみたい。▼1年生の教科書「なんだろうなんだろう 正義って何だろう」で示された「だれかを否定するのでもない、だれかに譲るのでもない、そんな『しなやかな正義』をつくって、みんなで上手に使うことはできるんだろうか」という視点に立つとどのような記事になるかということも考えたい。▼本指導案は2015年6月2日に毎日新聞に掲載された記事「視点・立場で変わる見出し」(「くらしナビ 学ぶ」欄)を参照した。, 1. endobj endobj 見出し、記事の内容についての例〈見出しの例〉桃太郎、鬼ヶ島を征服犬、サル、キジを雇う、村民安堵〈記事の内容のあらまし〉桃太郎が鬼ヶ島を制圧して凱旋した。うばった財宝は村に寄付され、村人に一人の犠牲者も出さなかったことが高く評価され、桃太郎には特別報奨金が与えられた。. 2018、19年から小中学校の道徳は「特別活動」ではなく、「特別教科」に変わりました。国語や算数・数学と同じように教科書があり、基本的には教科書に沿って授業を進めていきます。 ですが、教科書に沿って授業を進めたり、独自の教材で授業を進めることは学校の判断に任されています。 道徳は特別活動から「特別の教科」に変わったので授業の態度や意欲によって評価され、通知表の評価に影響します。 「桃太郎に父親を殺された」という鬼の子どもを描いた新聞広告を題材に、この新聞広告を制作した博報堂のクリエイターと桃太郎伝説の地である岡山県の中学校教諭、一般社団法人Think the Earthが協働して考案したワークショップ型授業です。多様な価値観がぶつかりあう現代において、異なる視点を持つことの大切さを伝え、お互いの価値観や意見を尊重し合う土壌を作ることを目的として2016年にスタートしました。岡山県や東京都の中学校をはじめ、日本各地に広まり、中学校の授業や教師を目指す学生向けワークショップなどで活用されています。, 谷本(先生): ただ道徳の教材を読むだけでは、生徒たちが自分の頭で考えたことにならず、不十分なのではと課題意識を持っていました。短い時間でパッと与えた知識は、また短い時間でパッと抜けていってしまうものです。じっくり少しずつ育てることを「涵養(かんよう)」と言うそうですが、道徳の授業もそのようにしたいと考えていました。, 谷本: いえ、全くありませんでした! 2015年の夏、家族旅行で訪れた先で立ち寄った本屋さんで、たまたま「ボクのおとうさんは、桃太郎というやつに殺されました。」というキャッチコピーの広告を目にして、衝撃を受けました。誰が作ったものか調べるだけで飽き足らず衝動的に、「鬼太郎」という、桃太郎を鬼の子どもの視点から描いた物語を書き上げてしまいました。, 谷本: はい。そして、その物語をもとに道徳の授業をしました。127名を体育館に集め、「鬼太郎」を題材にして物事を別の立場から見つめる大切さを伝える授業です。生徒や教員からの評判も上々で、これを絵本にできたら道徳の教材として使えるなと思ったのです。この広告が博報堂の山﨑さんと小畑さんの手によるものだとは知っていたので、お二人に頼んだら絵本を作ってくれないだろうかと考え、お二人に連絡をとったのです。, 山﨑(博報堂): それは実は、私たちクリエイターの側から提案させて頂きました。私たちが制作した広告が持っていたもともとのメッセージは、「簡単に結論をださずに、考えてほしい」というものでした。絵本にしてしまうと、それが初めから一つの結論に落ちていってしまうので、私たちがやりたかったこととズレてしまうと思ったんです。, 小畑(博報堂): 谷本先生が書かれた「鬼太郎」を読ませて頂いて、なるほど、とても良くできていて面白いなと驚いたんです。けれどやっぱり、ストーリーにしてしまうと、一つの方向へ誘導するみたいになってしまうのがもったいないよね、という話もあって。, 山﨑: いえ、初めはもう手探りで、何をどうやるかも見えませんし、何が成功のカギになるのかもわかりませんでした。ですからひとまず、私たちからアイデアだしをさせてください、と話をしたのです。結局、10案くらいのアイデアを最初に提案させて頂きました。, 小畑: アイデアだし自体は、普段の仕事でもやります。ただ私たち広告クリエイターは普段、見て数秒で理解するようなものを作っているのに対して、授業は50分という時間の可能性を活かしきることが求められます。その違いには、結構苦戦しました。, ― 試行錯誤から、最終的に今のカタチに落ち着いていくのには、何か決め手があったのでしょうか。, 谷本: 「サイコロ」という形式に辿り着いたのは重要でした。手で触れられるので登場人物に感情移入しやすく、机に自立するのでボディランゲージで議論できる、会話の促進剤になったのです。最終的には、全3回構成の授業案が完成しました。まず1回目の授業で、「鬼太郎」の視点から桃太郎の物語を捉え直して視野を広げる。2回目の授業では、鬼を殺すという結末までに、選べたはずの色々な選択肢があったことを発見する。最後に3回目の授業で、桃太郎のその後のお話を自ら考えることで、自分たちの手でより幸せな未来をデザインすることを試みる、というものです。, 谷本: 毎回、授業の終わりに振り返りの感想文を書いてもらったのですが、ペンの走る音がすごいんです。静寂に包まれた教室の中、原稿用紙の上をペンが走る音だけが響く。それくらい、生徒たちが自分の言葉でアウトプットできるくらい、しっかりと残ったものがあったということです。また、同僚や、口コミを通じて知った全国の学校の先生方から、問い合わせを受けました。教材のデータもすべて無償で配布しているので、岡山県内だけでなく、東京を含めた全国の学校で「みんなで考える桃太郎」の授業が、今も実施されています。, 小畑: 広告賞を受賞したもともとの「桃太郎」の新聞原稿にもすごく思い入れがありましたし、それが話題になって様々な方が意見を発信してくれているのが嬉しかったんです。けれどそこから思わぬ方向へ広がって、広告業界にいたら全く触れないであろう教育の現場でクリエイティブの力を発揮できたのは、とても面白くて、嬉しい経験でした。, 山﨑: 広告クリエイターはこれまで、物を売るという文脈での広告表現の領域で、社会から求められてきました。ですが実は、その技術が今回の「教育」のように新しい領域と交わることで、想像を超えるような動きや成果を生み出すことができるのかもしれない、と勇気をもらえた活動でしたね。, こちらのインタビューの他、博報堂DYグループの事例を「新しい幸せをみんなでつくろう! Hakuhodo DY Group SDGs Collaboration Book 2019」に多数掲載しております。ぜひ、上のリンクよりご覧ください!, https://www.hakuhodody-holdings.co.jp/csr/. <> ���ϵ������㧡���7���� �+b��N14�*�f�G���(,z=���|���b���]�^kB�u�L��+�/��� ��z�a�C�4��2��#�Ƀ�}. 本指導案は2015 年6 月2 日に毎日新聞に掲載された記事「視点・立場で変わる見出し」(「くらしナ ビ 学ぶ」欄)を参照した。 2.本教材を扱う際に、特に注意すべきだと考えたこと ͊uʭ�f��4�ӧ�N�ㄺ;�o5��1����G! �L���ϩZ懔�l$����0��gZU��&�R���&{���d|�y��n�O2��~���:��I�M�#���c�+NB�`1{�lG4^d�&C������N`�b�B�r���G�'q��ZN��jhٓc��'j/�I�`�*�dL�ZVu�,O��^Ŀ��L����Ľܜ�>�"~���s4�Y�z�Ro-�[���.i�WB��ԁȐA\�1CQ~���\��ir���R-��L�P�y�mz�%=w���\ag���N��e��^M�/ 中学校 道徳 教科書の一覧ページです。 1 本教材について 教材名 「『桃太郎』の鬼退治」(光村図書中学2年p.164「相互理解」「寛容」) 以下の指導案は1年生の時に学習した「正義ってなんだろう」を踏まえて、作成してみた。 1 0 obj 「福澤版 桃太郎と鬼退治」(福沢諭吉『日々の教え、童蒙教え草』金谷俊一郎訳 PHP研究所 2015年)桃太郎が鬼ヶ島に行ったのは、鬼の宝を取りに行くためだったそうじゃないか。けしからぬことではないかい。宝は鬼の大事なもので、大切にしまってあるものだ。宝の持ち主は鬼なのだよ。鬼のものである宝を、意味もなく取りに行くとは、桃太郎は 盗人ともいえる悪者ではないか。その鬼が悪者で、悪いことをしたというならば、桃太郎の勇気で、これをこらしめるのは良いことである。しかし、鬼の宝を奪って家に帰り、おじいさんとおばあさんにその宝をあげたというのは、ただ欲のためにしたことで、卑劣千万なことではないかい。注 この部分は「日々の教え 六つの大切なこと」の「強欲であってはいけない」の次に「番外編」として掲載されている。池澤夏樹「桃太郎と教科書 知的な反抗精神養って」朝日新聞2014年12月2日参照, 2.鬼について▼日本の昔話には鬼がたびたび登場する。「泣いた赤おに」などはずいぶんと可愛げのある存在だが、「桃太郎の鬼退治」に登場する鬼はただの「悪」である(かわいい絵にはなっているが)。「鬼」とはいったいどんな存在なのか、少し触れておきたい。教材の「ボクのおとうさんは、桃太郎といういうやつに殺されました」というたどたどしい「告発」文を、涙を流しながら書いている子鬼のためにも。教材とは別にあらかじめ鬼の説明が必要な場合は、授業者がご自分で参考文献に当たることをおすすめする。▼参考文献に挙げた「谷川健一他編『民衆史の遺産』」第二巻によると、本居宣長は畏怖の対象となるものを「神」と呼んだ。宣長によれば、人は神とも妖怪とも区別がつかない存在を畏敬の対象としてきたのである。古事記伝は次のように述べている。「悪き者、奇(あや)しきものなども、よにすぐれて可畏(かしこ)きをば、神と云うなり」。(同書p.5より)▼やがて邪悪の存在の中でも異形、異風なものは「鬼」と呼ばれるようになった。古今著聞集には次の記事が記載されているという。▼「伊豆の国、奥島」に一艘の船が着き、そこには8人の鬼が乗っていた。鬼は馬のように飲み食いし、言葉を発しなかった。身の丈は3メートル近く、髪は夜叉のようで体は赤黒く目は猿の目のようであった。(同書p.10)▼歌人の馬場あき子さんが書いた「鬼の研究」(参考文献参照)によれば、鬼はあまりに人間的な存在であるが故に体制の規準に合わず、体制の外の生を余儀なくされたものである。世間から非難され、追放された人々、怨恨、憤怒、雪辱などさまざまな情念を契機として鬼となった人々、平安王朝が繁栄したその時、その暗部に住んだ人々である。▼参考文献馬場あき子『鬼の研究』ちくま文庫 1988年 谷川健一他編集『民衆史の遺産』第二巻 大和書房 2012年3.