後ろ向き安心…… オーケンの人物は誰だ、それは。なんか、微妙に実在しそうなんだけど。 良い天気だ、と言って糸式望が窓を開けたせいで、小森霧の大切な毛布が飛んでいってしまう。 ①自分の臓器の提供者(ドナー)のために。(少女たちは、ドナーが誰なのかは知らないが、ドナーのための代理である、という自覚は持っている) 給布によって景気回復。しかし今度は他国から、霧ちゃんが狙われるという常月まとい。 レコード大将とか、コミック大将とか、珍プレー好プレー大将とかいるという霧ちゃんの言葉に反応してやってきた大将たちですが、甚六先生に阻まれました。 A、少女たちは自分と似た個性の死者の代理人役を当てられていた。 絵をきっちり展示するように指示を下す木津千里。 Tweet. アウトカウントの間違いに気付かなかったベースボールとか。 カエレちゃんの英会話の本  結局のところ、物なんかでは人は安心出来ないんです。 流行語大賞の発表。 「この漫画がいつまでも続いているのは、他の作家を安心させるためとかいうなぁ!」 第13回東方Project人気投票、急いで投票してきましたよ。 実は、今回で初めてだったんですけどね…結果がとても楽しみです。 最近、投稿済みの記事の更新ばかりで、新しい記事を書いてなかったので、アニメロゴのフォントの話をば。 そこっ!ゆず家さんのパクリだとか言わないっ! 流行語は選ばれた時点で終わりだと指摘。 絶望先生の枕 「例是道」を改題しました。レーゼシナリオ(シナリオ形式で書かれた文芸)についてのブログです。「レナリオ」という略称を提唱中。, それはおもに、絶望少女たちが代理生徒を演じているのは誰のためか、ということをめぐっての解釈である。大きく分けて二つの解釈がある。 上下逆さまというのは千里ちゃんの中では許せない事なんだろう。 新井智恵先生は、それが霧ちゃんの「安心毛布」だと説明。子供の頃からボロボロになっても持ち続ける、持っていると安心する愛着のあるもの。 国民に安心が必要だと説明しているところに、霧ちゃんの安心毛布が飛んできて、総理は国民に安心を与えるため、安心毛布を量産するため、ラインを組み始めた。 いつも色々な柄だったけど、カバーを変えただけで同じ中身だったらしい。 自分よりプサイくな女の子を見て安心する女の子、学生は自分より成績の低い者をみて安心、漫画家は自分より詰まらない漫画を見て安心。 もし後者(シルエットは、生きたかったどこかの死者への想像力の具現)だとすると、その直後の「生きたかった魂と死にたかった魂が出会ってしまった」などというナレーションは少し大げさだろう。単に頭で他者を想像したことを「魂同士の出会い」と呼ぶのは無理がある。するとやはり、提供された臓器から聞こえてくる声と見なすのが自然であろう。 この記事へのトラックバック一覧です: 懺・さよなら絶望先生 第13話(最終回)「誤字院原の敵討ち/われらライナス/楽天大賞」: » 懺・さよなら絶望先生 13 [モノクロのアニメ] ②ただ単に、高校に行けなかった、どこかの死者のために。, ②の立場は、さらに二つに分かれる。 シャツに描いたyoungの文字のYの字が上にはみ出したというだけで児童ポルノ禁止法に抵触すると逮捕起訴された漫画家の望。守ってくれると信じていた出版社からもスルーされ国選弁護士からも「こーゆうの個人が勝つことってまれなんだよねー」と諦め顔で語られる。絶体絶命のこのピンチに「異議あり」と証言台に立ったのはケータイのアンテナマークを持った元携帯電話開発者「このマークは俺が先に考えた! だから著作権法違反でもこいつを裁いてくれ」ええー・・・・?始まったばかりの裁判員制... [続きを読む], うみものがたり~あなたがいてくれたコト~ #012(最終回)「島の心 人の心」 », 懺・さよなら絶望先生 第13話(最終回)「誤字院原の敵討ち/われらライナス/楽天大賞」, 懺・さよなら絶望先生 第12話「三次のあと/葬られ損ねた秘密/閉門ノススメパート2」, 懺・さよなら絶望先生 第11話「眼鏡子の家/閉門のススメ/学者アゲアシトリの見た着物」, 懺・さよなら絶望先生 第10話「クラックな卵/君よ知るや隣の国/ジェレミーとドラゴンの卵 パート2」, 懺・さよなら絶望先生 第9話「尼になった急場/三十年後の正解/ジェレミーとドラゴンの卵」, 生徒会役員共* 第13話(最終回)「正しい恋バナ/遠距離アタック/毛のラインナリ/桜の空」, キルラキル KILL la KILL 第二十四話(最終回)「果てしなき闇の彼方に」, 生徒会役員共* 第12話「あけおめだよ/人の上立つ器/どう○い/それを洗うなんて とんでもない」, 生徒会役員共* 第11話「裏用語に純反応/一部の国ではそうらしいです/雪と戯れ サンタの末裔」, 咲-Saki- 全国編 第12話 『真実』 大将戦=二回戦決着!清澄は当然として残ったもう一校は。, 生徒会役員共* 第8話「波との戯れ びちょびちょだぜ/万能ウィング/夏の夜 夏の朝」, 〈物語〉シリーズ セカンドシーズン #24 恋物語 第恋話「ひたぎエンド 其ノ肆」. キャラがすっぽり抜けてる……アニメだと漫画より判りづらいね。まぁ、キャラが出てきていないので判るけど、表現としてね。, これは大きな間違いには気付かないフリをする優しさだと言い出した風浦可符香(P.N.)。 良いこと言った! と、思わせてダメな内容……しかしそれはある意味納得。 国が貧乏になりました。 恋愛で恋の間違いに気付いても相手が二次元だとは気付かない優しさ……そんな優しさはいらない。, いつもなら「めるめる消したな」と出てくる筈のめるパパは、背景に……12枚とか言われても、アニメじゃ判りづらいし。 ただ、その場合、各人自殺未遂直後のシルエットのことがやはり気になる。③説だと、シルエットは、「生きたかった、もう一人の私」ということになるだろうが、そうであれば「生きたかった魂と死にたかった魂が出会ってしまった」などというのはやはり大げさで、「生きたかった”もう一人の私”を発見した」とでも言えば済む。「出会ってしまった」と言うからには、自分には制御できない運命によって出会ったのであって、それは外部からの不意打ちである。, だから、③説をそれなりに摂取しながらも、やっぱり①なのだ。「今までの自分にさよなら」という意味での供養でもあるが、ドナーへの供養でもある、と考えればよい。というか、厳密に言えば、私自身は最初にざっと通読したときは③だったのだ。精読して①だと解釈し、②説があることをネットで知ったというのが正確だ。”さよなら「さよなら絶望先生」”と題したエントリーで、普遍的な、比喩としての卒業(他者を自分に取り込んで、昔の自分と決別すること)について言及したのもそれ故のことであった。, さて、もうひとつ小さな疑問が浮上した。第一巻の、マ太郎が主要キャラとして初登場する回(絶望が最後まで一回も登場しない回)で、智恵先生が出席をとってるときに、赤木さんとして返事をしているのは誰か、という問題だ。これは冗談のような仮説だが、私は、臼井影郎ではないかと思っている。臼井も久藤と同様、赤木杏から臓器提供された男子で、提供されたのは聴覚系のどこかの部位であると考える。鼓膜か、脳や神経の聴覚に関わる部位か。赤木さんという声を聞いて、「耳が覚えていたので」反射的に返事をしてしまった。週刊誌連載で第一巻の後半に収録されているということは、新学年が始まってすでに一ヶ月くらいは経っているので、自分の席の近くの誰かが当人とは違う人に返事をしてしまったら誰か気づくのが普通だが、臼井は影が薄いので、誰も気づかなかったのだろう。そして、絶望先生は出席を取らないので、先生が戻ってきてからは、そのような事態は二度と反復されなかった、ということである。読み上げられる出席簿の名が男子から女子に変わっているのに、臼井の男声が聞こえてくるのを変に思った生徒はいなかったのかという問題が派生するが、絶望先生が出席を取らないくらいだから生徒たちも名簿などには無頓着で、五十音順で最初の女子・赤木さんを五十音順で最後の男子・「若木さん」と聞き違えたのだろう。臼井(というより、彼に内蔵した赤木杏の聴覚)だけが目ざとく、いや耳ざとく聞き分けた、ということだ。自分の名前だからね。以上は、仮説と言うより辻褄合わせのためのコジツケだが、なかなかうまくいったと自負する。, 後記:ペンネームの件だが、「暗号化好きな日本人」という新書の著者として風浦可符香の名が出てくるコマがあった。. 普通ちゃんは普通に回答欄が一つずつズレているという間違い。しかも回答欄がずれててもずれてなくても点数が変わらないという驚異。 最終話『さよなら絶望先生』(さよならぜつぼうせんせい) サブタイトルは本作のタイトル『さよなら絶望先生』。 1話と同様であり、元ネタは1話の解説も参照。 「さよなら」と「さようなら」の違いはあるものの、さよなら絶望放送も初回と最終回で同様のサブタイトルのつけ方をしている。 《絕望先生》(日语: さよなら絶望先生 )是日本漫畫家 久米田康治創作的日本漫畫作品。2005年於講談社《週刊少年Magazine》22、23合併號至2012年28號連載結束。 單行本全30卷。 やっぱり普通ちゃんだけ普通…… トップページ ところで、最後の1ページのウェディングドレスの可符香は、同じ十字架を首からぶら下げていた久藤の女装だとする説がある(たしかに、ペチャパイ気味なのだ)。語り部がこれは物語でしたと語って終わるエンディングというのは夢オチのごとく陳腐なものだから、もうひとひねりして、久藤の言葉ではなく肉体によって語らせたのだろう。だから、最後の絵を見て読者は心の中で「ペンネーム・風浦カフカ」と呟けばよい。そこで「ペンネーム」という伏線が回収される。, と、ここまで書いてきて、絶望少女たちが誰の代理生徒かについての、③説があることを想起した。, というものだ。確かに、30巻半ばに出てきた「奈美の細胞が一年で入れ替わるから昔の自分の葬式を」というのは、その説の伏線になる。その場合、①と②に考察されたような、ドナーあるいは未知の死者の気持ちへの配慮というのは希薄で、明日の自分のために昔の自分と決別する、という利己的な動機の「供養」となる。交君は自殺未遂ではないが交通事故か何かで死線をくぐって、死にかかる以前の彼の足跡は縁起が悪いからヒロシからマジルに改名させて、さらにヒロシを供養するために島を訪れさせられた(本人の自覚はなかろう)と考えられよう。