過食で悩んでいる患者さまは、「過食したくないと頭では分かっていても、スイッチが入って過食が始まると、自分では止めることがでない!」と訴える方がほとんどです。 今回の主人公なっちゃん(なつきさん)は、私にとっても大切な... 「これ以上はやり過ぎ」というくらい、度を超えて行き過ぎた親切や行為は、自分にとっても相手にとっても、後々苦しさや面倒なことをもたらすと思います, コントロールできなくなった食欲と体重に、今度はこちらが苦しまされるようになったのです。. クリニック・ハイジーアでは、栄養療法で過食症を根本的に治療しています。 摂食障害、それでも食べ続けることは止められない. 先日はバレンタインでしたね。すっかり忘れていて、さっき一日遅れでりんごのケーキを焼いてみました, 今までだったら、ケーキを焼いてる時点で匂いにやられて過食欲が爆破してるはずなんです。, 焼きあがったそばから手づかみでそっこー口に放り込んでいたり、むしろ待てなくて生の生地のまま食べちゃったりしてました。, 摂食障害の過食欲や、食べることへの欲求って本当にすごいんです。コントロールできるものじゃありません。, そんな私がどのようにして今こうして落ち着いてケーキを焼けるまでになったのか、今回はその経緯や今までの流れを少し振り返ってみたいと思います。, 過去の私は、自分には「痩せ」以外に何もありませんでした。正確には何もないと思い込んでいたという方が正しいかもしれません。, 「自分=痩せ」でしかなかったので、痩せを守ることだけに全神経を費やしていました。痩せでなくなったら自分を失ってしまうことになるからです。, そしてその痩せ以外に何もない私を、「摂食障害」という鎧が守ってくれていたのでした。, 惨めで寂しくて、苦しくて痛くて、いつも無力感や孤独に襲われていた私を「食べ物」は癒してくれました。, そんな私が、筆文字やアートや音楽やブログを始めたことで、少しずつ「摂食障害」や「食べ物」や「痩せ」以外の所に、自分というものを見出してきたのです。, 少しずつ少しずつ、病気や痩せというものから、自分の好きなことや楽しいことのほうに意識が移り変わっていきました。, 少しずつ少しずつではありますが、自分の好きなことややりたいこと、楽しいことのほうに向けられるようになってきたんです。, ガリガリの体で毎日明け方まで夜の仕事をし、そのお金で大量に食べ物を買い込んではその日のうちに全て使ってしまう、そんな生活をしていました。, 小さなアパートにひとり、頼れる人も友達もおらず、たったひとりで食べ物と共に孤独に生きていました。, 今でも、思い出すだけでも涙が出てきます。食べ物だけが友達でした。食べ物が恋人でした、家族でした。, 毎日毎日、ただ過食と仕事の繰り返しだけで、生きがいも趣味もやりたいことも何もありませんでした。, しかし、その生活や生き方は私を破壊していきました。心だけでなく身体も、歯も、人生も、知らず知らずのうちにじわじわと破壊していたのです。, 仕事中にも何度も倒れるようになり、気づけば35キロになり布団からも起き上がれなくなっていました。仕事どころではなく生命の危機です。, そうなってようやく、自分の無力さや体力の限界に気づけたと思います。ある意味負けを認めることができたのかもしれません。, 私は思い切って仕事も辞め、一度何もかも手放し、実家に戻り一からスタートすることにしました。, 再スタートするため実家に戻ってきたわけですが(それが2014年頃)、そこで運命の出逢いを果たします。, 初めはどこか引き取ってもらえる場所や知り合いはいないか探していたのですが、見つからなかったので、結局ウチでしばらく面倒を見ることにしました。, それが良かったのかも知れません。ロペとの出会いは間違いなく私たち家族に新しい世界をもたらしてくれました。, 今では父も母も我が子のように可愛がっています。完全に家族の一員ですし、生きがいでもあります。, 仕事も辞め、心新たに実家で新しいスタートを切った私でしたが、やはりそこからがまた新たな戦いの始まりでした。, 見たくなかった本当の問題とそこで直面することになります。真に向き合わなければならない問題が浮かび上がってきました。, 私はなぜ生きているのだろう?私は何のために生きているのだろう?私は何者なのだろう?, そこから自分と向き合う日々が始まります。新しい自分を構築する期間に入った気がします。, 毎日自問自答の日々でした。私は何がしたいんだ?なぜ生きているんだ?しかし、いくら問いかけても答えなど出ませんでした。, そこで私はその苦しみを筆文字で表現するようになりました。それが筆文字やアートとの出会いでした。, 毎日毎日布団の中で死にそうになりながらも、その苦しみや生きづらさを必死に書き殴っていました。, その時は、何のために描いているのかも、こんなことしていて意味があるのかも、何にも分からないままに描いていましたが、, 今思えばちゃんと意味があったと思います。その苦しみながら描いていた時間の全てが今につながっています。, 筆文字を始めたのと同じくらいに、TwitterやFacebookなどのSNSも本格的に始めました。, 近くに人はいても、病気の苦しさや辛さ、生きづらさ、そういったものを共有できる人がいなかったんです。, それをSNSの世界が変えてくれました。ネットによって自分が求めていた人達と出会えたのです。, 苦しい時、本当に皆に支えてもらいました。もう本当に、お礼をしてもしきれないほど、たくさん救ってもらいました。, 皆と出会ったことで、人との接し方や新しい人間関係の築き方を学ぶことができましたし、, 子どもの頃から一度も感じたことがなかった心の繋がりも、この歳にして初めて感じられた気がします。, 苦しかったことも楽しかったことも、死にたくて泣いていた日々もすべてがです。無駄なことは何もありません。, そうやって過食に逃げているだけの人間でした。でもそうやって過食に逃げている限り何も変わりませんでした。, そのとき一時だけは過食によって辛さから逃げられるのですが、現実は何一つ変わっていないわけですから、また朝目覚めれば同じ現実が待っています。, それが健全な対処法です。(過食の原因は栄養不足や飢餓の影響もありますので、それだけが全てとは言えませんが。), けれど、この「行動」の大切さは摂食障害や病気に関係なく、どんな人にも言えることだと思います。, 人間は周りの人や環境に影響を受けてしまうものです。一緒にいる人で人生も性格も変わっていきます。, あの頃はまだ家族も摂食障害というものへの理解がありませんでした。というのも今思えば当然のことでした。, だって摂食障害なんてもの人生で始めて出会って知ったわけですから、本人も含め家族もそれが一体どんなものなのか分かるわけありません。, 本当に本当に苦しかったです。でも、そうやってぶつかりながら苦しみながらしか、理解し合うすべがありませんでした。, その経験や時間を経て、私も父も母も少しずつ少しずつ、考え方や態度が変わっていきました。, 時間しか解決できないものもあるのだと思います。いくら解ろうにも、理解し合おうにも、その時にはどうしようもないこともあるのです。, 父と母はよくここまで耐えてくれたと思います。昔は怒鳴られたり物を投げつけられたりもしましたが、今はとにかく応援し見守ってくれています。, 家族の支えや理解がなければ今こうして筆文字アーティストとしての私はここに存在していません。, まだ父母にはお世話になっている最中なので、これからもっと自立して、恩返ししていけるように頑張りたいと思います。, 好きなものは好き、嫌なものは嫌、できないことはできないと、素直に言えるようになったことで随分生き方がラクになりました。, 楽しいときには思いっきり笑う、苦しい時には思いっきり泣く。苦しい時には苦しいと言う、助けを求める。, 誤魔化さないで、目をそらさないで、ちゃんと自分の気持ちと向き合うこと、これはとても大切です。, 初めは自分の気持ちを言葉にすることがとても難しかったのですが、それも少しずつ少しずつ練習しました。, TwitterやFacebookなどのSNSはその練習の場になったと思います。何年も続けていく中で少しずつ自分の気持ちを言葉にする練習をしていました。, 幼い頃から自分を押さえ込んで、あまり感情を表現してこなかった人にとっては、自分の気持ちを言葉にしたり感情を表現するのは初めは難しいと思いますが、, やはりそれをしない限りは病気もよくなっていかないと思いますので、少しずつ自分の気持ちを言葉にしたり、自分を表現する練習をしてほしいと思います。, と、ここまでの流れを少し振り返ってみましたが、上のような環境や心の変化と共に「食事」も摂れるようになったからこそ元気になれてきたのだと思います。, やはり身体を造っているのは、口から取り入れた「食べ物」です。食べなければ元気な体も心も作ることはできません。, きちんと栄養を摂らなければ、正常に体も脳も機能してくれませんし、過食欲も収まるわけがありません。, ですがその「食べたい」「食べよう」という気持ちを引き出してくれるのは「生きたい」という気持ちです。, その「生きたい」気持ちを呼び起こしてくれるものは、大切な人だったり家族や仲間だったり、人の愛や優しさだったり、, 自分の好きなことや楽しいことや、やりたいことや夢や、希望や生きがいだったりするのだと思います。, 摂食障害は「食事・体」と「心」とを同時に見ていかないといけないので、少々やっかいだったりもします。, 食べることと同時に、環境や人間関係の問題や「心」の問題を解決していかなければなりません。, それはひとりでは出来るものではありませんし、そもそも「孤独の病」「人間関係の病」とも言われていますから、, 人と共に協力しながら支え合いながら、一歩ずつ一歩ずつ新しい生き方や自分を見つけていくことが大切なのではないかと思います。, どんなに時間はかかってもいいですから、信頼できる人たちと共に、ゆっくりそれを創り上げていってほしいと思います。, 最後になりますが、今回の話もあくまでも自分の経験にもとづいての話ですので、決してこれが正解でもありませんし、万人に共通する話でもありません。, それを自分の頭で考え悩み、試行錯誤し行動しながら見つけていくことも、また人生の勉強のひとつです。, 筆文字アーティスト。長年にわたる摂食障害の経験から自分に伝えられることを、筆文字と写真やイラストで表現したり、言葉と文字に代えてブログやSNSで発信しています。, 次回のコメントで使用するためブラウザーに自分の名前、メールアドレス、サイトを保存する。. 実はブログの方向性やカテゴリーもまだよく決まっていなくて、日々いろい... 今日は、わたしが昔noteに書いた「希望」というポエムをご紹介したいと思います。 Copyright © 2019-2020 ちゃんすのきっかけ All Rights Reserved. 東京メトロ千代田線・東京メトロ半蔵門線・東京メトロ銀座線 表参道駅 徒歩5分, 診察・検査は、完全予約制となっております。 過食症に転じる前に早めに治療することを、クリニック・ハイジーアではお勧めしています。 今日は、最近発行された『こころの科学 2020年1月号 「 摂食障害の生きづらさ」』を読んでいて、, 「摂食障害の生きづらさ」ということについて自分の経験と照らし合わせて書いてみようと思います。, ちなみに『こころの科学』は、日本評論社から年6回偶数月に発行されている、心や精神に特化した雑誌です。, 摂食障害の方は、今まで自分が出逢ったりお話してきた方を含め、本当に優しい方ばかりです。, 人のことを気遣ったり心配したり、思いやりがあって、人の為になるような事にやりがいや生きがいを感じる方が多いです。, 私もそうです、人の役に立つことが自分自身の生きがいにも心の支えにもなっていますし、, 実際、私はこれまでも自身の描いた筆文字が人の目に触れ、感動してくれたり泣いてくれたり笑ってくれたりした瞬間に、何度も救われてきました。, 自分の描いた作品が、「誰かの為」「人の為」になった時に初めて、自分の生きている意味を感じられました。, それまでずっとこんな自分は生きてたらいけない、死んだ方がいい、生きてる意味なんかないと思っていたのですが、, その時に初めて、こんな自分でも生きていていいんだ、生きてきた意味があったんだ、そう心から思えたんです。, 長い年月、病気で苦しんできた意味も見いだせたような気がします。人は人の為に生きているのだなと、思えた瞬間でした。, 人の為に何かをして、その人が喜んでくれたり幸せになってくれることは、自分自身にとっても喜びや幸せになります。, けれど、時にそれが「自分を犠牲にしている」場合があります。度が過ぎて自分の健康を害してまで人の為に尽くしてしまうのです。, いつからかどこからか、境界線が引けなくなってしまいます。自分と他人の境界線が曖昧なようなのです。, おそらく本人は気づいていません。(私自身そうだった)本人は良かれと思ってやっていることが多いです。, 親のため、友達のため、彼氏(彼女)や旦那さん(奥さん)のため、自分より相手を優先して、自分を犠牲にしてまで尽くして生きていた、そんな経験皆さんもあるのではないでしょうか?, 相手が喜んでくれるなら何でもする、相手が笑ってくれることが喜び、自分はどうでもいいからとにかく相手に幸せになってほしい…, 「人の為」という精神はとても素晴らしいことですが、それが自分の幸せを壊してまで行っていては少し話が変わってきます。, よく言う話ですが、自分のコップに水が満たされていなければ人にもあげることはできませんし、そんな状態であげていたらすぐに自分が干からびてしまいます。, それは相手にとっても辛いことではないでしょうか?そんな状態で相手の為に何かしても本当に相手は喜んでくれるでしょうか?, 「これ以上はやり過ぎ」というくらい、度を超えて行き過ぎた親切や行為は、自分にとっても相手にとっても、後々苦しさや面倒なことをもたらすと思います。, その親切や行為が、本当に相手の為になっているのか、相手を幸せにしているのか、そもそも自分は幸せなのか、自分が苦しいだけではないのか、, 嫌われたくないとか、人に迷惑をかけたくないとか、良い人に思われたいとか、そういうこともあると思いますが、それ以上に, これまでの人生がNOを言わせてもらえる環境になかったことがあげられるかもしれません。, 子どもの頃や過去に、断ったら怖い思いをしたのかもしれません。冷たい態度をとられたり冷たいことを言われたり、圧力をかけられたりしたかもしれません。, 逆に過保護で守られ過ぎていたかもしれません。親や大人の意見がすべてで、自分はそれに従ってさえいればいい、, 親が喜んでくれるなら、先生が喜んでくれるなら、自分は自分を犠牲にしてでも親の為に喜んでくれそうなことをするんだ、, そうやって押さえつけられたり傷ついたりを繰り返していると、次第に自分の気持ちにフタをするようになります。, もう言っても無駄だとか、言って傷つくくらいなら言わない方がマシだとか思うようになるのです。, そのうち自分の無力さを痛感するようになって、自発性や主体的な生き方を失っていくのです。, 自分には価値がない、何をやっても上手くいかない、自分はダメな人間だ、無力な人間だ…, ですが、その無力感を生み出している原因が、幼い頃や過去の経験や記憶から来ているものかというと、それもまた少し違うのではないかと思います。, もちろんそれも影響しているとは思いますが、それを増長させているのは過食や体重へのコントロールに対しての無力感ではないかと思います。, 唯一コントロールできるのが体重や食事だったはずなんです。だからダイエットにのめり込んで行ったと思います。, あたかも体重や自分をコントロールできているかのような感覚、食べることを制限できている自分はこの世を支配している、そんな感覚さえ私はありました。, ところが、それがいつからか暴れだし、コントロールできなくなった食欲と体重に、今度はこちらが苦しまされるようになったのです。, 今まで唯一コントロール出来ていると思えていたはずの体重や食欲に、コントロールされるようになってしまった「私」は、自信も誇りも失い、もはや自分自身すらも見失っていきました。, そうしてさらに大きな無力感にまとわりつかれるようになり、灰色の世界を生きるようになったのです。, 大きな無力感や虚無感を抱えるようになった私は、人や社会を避けるようになりました。どんどん孤立していきました。, ですが、この人や社会とうまく「繋がれない」感覚は、思い返せば子供の頃からそうでした。上手く他人と繋がれたことがなかったんです。, 友達とは何なのか、私にはよく分かりませんでした。自分と違う生き物がそこにいる感覚でした。, 一緒に遊んでいても気を遣うだけだから一人でいるほうが楽だったし、友達と遊んでも楽しいどころかいつも疲れ果てていました。, 親に心配をかけないように、親に笑顔でいてもらうために、楽しく友達と遊んできたフリをしていました。, 私は何も心配ないよ、元気だよ、大丈夫だよって。仮面をつけて生きていたような気もします。(んなこと当時の自分はもちろん気づいてなかったけど。), いつも世界は怖かったです。大人は怖かったです。この世は怖くて冷たくて未知で何も分からなくて、いつも不安や緊張感がありました。, だから一人の世界が好きでした。一人で遊んでいるときが一番安心できましたし、唯一自分でいられました。, 自分という肉体の中に自分の世界を持ち、その閉ざされた小さな世界の中だけが自分の居場所だったんです。, 摂食障害という世界の中で、一生懸命自分と繋がっていました。食べものを通して自分と会話していました。, この現実世界や、人間社会や、他人と上手く繋がれないもどかしさや苦しさをそこにぶつけ、またそこから逃れる方法でもありました。, 毎日一日が終わると、摂食障害という小さな箱の中に自分を押し込んで、食べものとお話するのです。, そう考えると、やはり摂食障害というものは、辛さや苦しさや生きづらさから自分を守るためのものだったように思います。, だから摂食障害という病気を責める必要はないし、自分も責める必要はないし、それは今のあなたに必要だからそこにあるものだという捉え方でいいのではないかと思います。, なので、無理に病気を退治したり取り除こうとするよりは、その病気を必要としている子どもの自分の心を理解してあげようとしてください。, 子どもの頃、お人形さん遊びを必要としていたように、大人の私はこの病気を必要としているのだと思います。, 大切に大切にいつも抱きかかえていたお友達のお人形さんが、大人になって食べもの(摂食障害ちゃん)に変わっただけ、そんな風に今の私は思っています。, いつか、摂食障害ちゃん今までありがとう〜バイバイ!って思える日が、皆さん全員に来ることを願っています。, 参考文献:永田利彦・他 『こころの科学 2020年1月号 「 摂食障害の生きづらさ」』 日本評論社, 筆文字アーティスト。長年にわたる摂食障害の経験から自分に伝えられることを、筆文字と写真やイラストで表現したり、言葉と文字に代えてブログやSNSで発信しています。, 次回のコメントで使用するためブラウザーに自分の名前、メールアドレス、サイトを保存する。. 克服することができました。 その当時、2歳だった長男が、 発達障害だとわかった頃のことです。 けれど、、 摂食障害を克服しても、 生きづらさはなくなりませんでした。 摂食障害および関連依存症の支援. 今回は少し摂食障害の本質というものについて考えてみました。 雨こんこんさんが書いた絵本「摂食障害オバケの“ササヤキ”」とまとめるときにベースとなった冊子, 「みんなにスゴイと言われること。それは、やせることだよ」。絵本に登場する「摂食障害オバケ」がささやくのは、完璧主義で頑張る子や、自分をいいと思えない子。耳打ちされた子は懸命に減量し、拒食症になる-。, 「この子は、まさに以前の自分」。真面目で努力家の雨こんこんさん。症状がひどかった20歳のころは、勉強や友人関係で行き詰まると、やせることに熱中した。数時間もジムで運動し、昼夕食はビスケット2つとチーズだけ。病気の自覚もなく、空腹で時々過食すると、意思の弱さを責めた。, 変わったのは、知的障害のある子どもを産んでから。子どもは人懐っこく、周りから愛された。バスの色や駅の音など、どんなことも楽しむ様子に「私は人の顔色をうかがい、努力してきたけれど、そうではない世界にこそ豊かさがある」と教えられた。, 障害児を育てる母親たちと過ごす中で、強い自分を見せるよりも弱音を口にできることが、互いのつながりを深めると実感。安心し、体重にも関心が向かなくなった。周囲に助けられた経験から「恩返しがしたい」と、自治体の相談員として親たちに寄り添ってきた。, 摂食障害の背景にある生きづらさを伝えようと約2年前、思いを冊子にまとめた。その際に助言を求めた日本摂食障害協会の鈴木真理理事長の監修で、冊子をベースに、絵本「摂食障害オバケの“ササヤキ”~やせたくなったら要注意~」(B5判、32ページ、少年写真新聞社、税抜き1800円)ができた。, 絵本では「自分に優しく」などと、オバケとの別れ方を紹介しつつ、オバケは摂食障害の当事者たちを嫌な現実から守る「いいワル」でもあると解き明かす。, 雨こんこんさんはこう助言する。「症状はつらいときに鳴る警報装置。自分から症状を切り離して考え、うまく手なずけて付き合ってみて」, 新型コロナウイルスの感染拡大は、摂食障害の当事者の内面にも暗い影を落としている。日本摂食障害協会(東京)が4月15日~5月7日に行ったウェブアンケート(回答者278人)では、71.2%が新型コロナの影響で憂うつな感情を抱くことが増えていた。, 家族や友人関係など、もともとあった不安がコロナ禍で増した人は53.6%に上った。食症状では過食型で73.1%が過食が増えた。拒食型で3食の量が減ったのは33.3%だった。, 同協会の西園マーハ文(あや)・理事=明治学院大教授=は「症状の背景には不安や悩みがある。多くの当事者が食事の量や時間などをマイルールで設定し、体重や気持ちを安定させているが、コロナでその日常が乱され、もともと抱いていた不安を強くしている」と説明。, 今の生活に合わせて1日の大まかな時間割を作り直し、気持ちを明るくする趣味を持つことなどが大切とし、「環境の変化を好機ととらえ、食事量を変えるといったチャレンジをしてみて」と呼び掛ける。, 拒食や過食など、食行動を中心に問題が起きる精神疾患。重症化すると死に至ることもあり、自殺を含めた死亡率は他の精神疾患に比べて高い。厚生労働省の研究班が2014~2015年に行った調査では、病院を受診した推計患者数は約2万4500人。診療所や受診しない人は含まれず、実際はもっと多いと考えられるという。, いただいた投稿は、東京すくすくや東京新聞など、中日新聞社の運営・発行する媒体で掲載させていただく場合があります。.