「蒙昧」は物事の道理を理解できないこと。 または、そのような人や物のこと。 「無限」は限りなくを強調した言葉。, 異なっているもの同士が、何ものにも邪魔されることなく互いに通じ合うこと。 華厳宗の世界観を示す言葉で、十枚の鏡を張り巡らせた中央に一本の蝋燭を立てると、炎が鏡に移り、それがさらに別の鏡に映っていき、限りなく重なり合うように、世界は成り立っているとされている。 「功徳」は功績と人徳。 「流転」は次から次へと変化し続けること。 「傲岸」はいばり人を見下すこと。 「融通無碍」とも書く。, 初めだけはあるが、終わりがないこと。 「大逆」は君主や親を殺すなどの極悪な行い。 仏教の言葉では、この世の全ては空であり、真実ですら存在しないということが真実ということ。 「荒唐」はでたらめなこと。 「相生」はお互いに生じあうこと。 「諸法」はこの世の全ての事象や現象のこと。 「無行」は行儀が悪いこと。, 穏やかで変わったことが特にないこと。 「融通」は物事が停滞することなく順調に進むこと。 「無恥」は恥知らずなこと。 「重重」は何重にも重なり合っていること。 または、道理に合わない理不尽な要求のこと。 「恬淡」はあっさりとしていて、無欲なこと。, 何もなく、どこまでも広がっている風景を言い表す言葉。 ゆったりとして、何もかまえなくとも全てが自然に治まるという政治論をいう。 「無窮」は限りがないこと。 「無辜」は罪が無いという意味。 また、無邪気で飾り気のない人柄のこと。 「風月」は自然の風景。 仏教では、煩悩がなく澄んでいる心のことをいう。 「無妄」は騙したり、偽らないこと。, 思ったまま好きなように物事を行う様子。 「無為」は何もしないこと。, 仏門に入り、仏教の三宝を信じて、仏に頼ること。 「無礙」は障害になるものがないということ。 天女の衣服は、縫い目がない(加工されていない)にもかかわらず美しいという意味から。, 世の中につりあうものが存在しないほどすぐれていること。 「無位」「無冠」はどちらも地位や身分、役職がないという意味。, 何も対策をせずに、そのまま放置すること。 「慇懃」はとても礼儀正しいこと。 同じ意味の言葉を重ねて強調したもの。, 内容がなく、面白そうと思える要素も風情も何もないこと。 「虚無」は何もなく、空っぽなこと。 「遮二」は二を断ち切るという意味。 全1190語。使用漢字1106字。漢字にカーソルを合わせれば使用されている熟語がすべて表示されます。 「金甌」は黄金で出来た瓶のことで、国や天子のたとえ。 植物が根付くための根や果実をつけるための蔕がないことから。, 何も対策をせずに、そのまま放置すること。 仏教の言葉で、「無辺」はどこまでも広いこと、「無礙」は煩悩にとらわれずに自由なこと。 「無双」は比べるものが存在しないこと。 「無二」は二は無いという意味。 「仁者」は仁徳が備わっている人、仁徳者。 「有りや無しや」という言葉を漢文調に有耶無耶と書いて、それを音読したという説が有力な語源である。, 煩悩のある人と、煩悩の無い人のこと。仏教の言葉。 「無常」は仏教の言葉で、世の中が変化しやすいということ。, 人が一人もいなくて寂しいこと。 「天壌」は天と地のことで、広く大きいことや終わりがないことのたとえ。 「無我」は仏教語で自分への執着をなくすということから我を忘れること、「夢中」は一つのことに集中して他のことをまったく考えられなくなること。, 汚れがなく清らかなこと。 「忠勇」は忠義心に厚く、勇気があること。 「因果」は原因と結果のことで、過去、現在、未来の三つの世にわたって因果の理が貫いているということ。, どんなものでも、最も良いものを好んで欲しがる気持ちのこと。 「無辺」は程度が非常に大きいこと。 何一つ成果を得られないという意味から。 車軸や容器の内側には何もないことが重要であり、役に立つ働きをするということから。, さっぱりとしていて、欲がなく、物事にこだわらないこと。 「無理」と「無体」はどちらも同じような意味で、人の道に反した行いを強引に行うこと。, どこまでも広く大きいこと。 五字熟語といえばどのようなものが思い浮かぶでしょうか? 四字熟語ならたくさん思い浮かぶんだけどな~五字熟語はなにがあったかな?という人もいらっしゃるのではないでしょうか。 五字熟語の数は、四字熟語に比べると圧倒的に少ないので、パッと出てこないかもしれませんね。 「文人」は知識人や芸術家などのこと。 自分のことを謙遜するときに用いることが多い。 または、風流を邪魔されることのたとえ。 「兼愛」は全ての人を愛するという意味。 「無敵」は相手になるものが存在しないこと。 「無理」と「非道」はどちらも人としての道理から外れていること。, 相手の都合を考えずに、強引に強制して行わせること。 または、そのような人のこと。 「無量」は見当がつけられないほど数が多いこと。, 人々の生活が貧しく苦しいこと。 天地はいつまでも不変であることをいう言葉。, 極めて素早く、荒々しいこと。 平家物語の冒頭として有名。, 仏教の根本的な三つの思想の一つで、この世に存在しているものの全ては、永遠不変の本質はもっていないということ。 「無常」は仏教語で世の中は変化がとても速くて変化しないものはないということ。または、人の命ははかないということ。 「無双」は匹敵するものがないということ。, 人を見下して、礼儀に外れている様子。 「無縫」は縫い目がないこと。 「雨」を含む四字熟語の一覧です。雨過天晴・雨過天青・雨奇晴好・雨後春筍・雨笠煙蓑・雨霖鈴曲・雨露霜雪・雲雨巫山・雲行雨施・雲翻雨覆・雲飜雨覆・旱天慈雨・干天慈雨・磑風舂雨・揮汗成雨・旧雨今雨・尭風舜雨・苦雨凄風・傾盆大雨・行雨朝雲、などがあります。 もとは平仮名の言葉で漢字を当てた言葉とされている。, 策略を巡らせて、実際に戦わずに勝つことや、その方法。 「中秋」は月が美しく見え、月を観賞して楽しむ、陰暦の八月十五日のこと。 「無味」は味が無いという意味から、面白いと思う要素がなにもないこと。, 信念がなく、恥知らずなこと。 「無効」は効き目が無いという意味。, 世の中に一つだけで他に並ぶものがないもののこと。 「無礼」は失礼なこと。, この世の全ての現象や存在は常に移り変わり、はかないものということ。 「草を打って蛇を驚かす」とも読む。 「頑鈍」は信念がなく、恥知らずなこと。 「大いに小怪に驚く」とも読む。, 必要のないことをしたために、無駄な災難にあうこと。 似た意味の言葉を重ねて強調したもの。, 堪らなく悔しいこと。 落ち着いた性格の人や、女性に対して危険性のない男性をいう言葉。, 水害や火災は人に大きな損害を与えるということ。 「天衣」は天に住むとされる天女の衣服のこと。 または、仏道を志す人が持つべき心構えのこと。 「無偏」はかたよらないこと。 釈迦が入滅したとされる紀元前約五百年前から、五十六億七千年後までの期間とされている。, どこまでも広く、縛られるものが何もないこと。 「難題」は解決することが非常に難しい問題のこと。, 人としての道理から外れていること。 「無為」は何もしないこと、「徒食」は働かないで食べること。, 地位や肩書き、階級などがないこと。 「乾燥」は水分がなくなり潤いに欠けるという意味から、風情や面白みがないことのたとえ。, 煩悩を振り払うことが出来ず、悟りを得ることが出来ない様子。 「無比」は比べるものが存在しないほど、ということ。, 自然の風景が極めて美しいこと。 「無念」は目的を果たすことが出来なくなることを悔しく思うこと。 初めて物事を途中で止めることをいう。 「無比」は比べることができるものが存在しないということ。, 手加減がなく、非常に激しいこと。 「水清ければ魚無し」とも読み、澄み切った水には魚が住めないという意味から。, 汚れのない清らかな様子。 「故」は故意に犯した犯罪のこと。, 並外れて武術にすぐれ、勇ましい様子。 「無私」は個人的な感情がないこと。 「無憂」は心配することが何もないこと。 または、貧しく、心苦しいために、何も楽しめないこと。 「無為」は何もしないこと。, 刑事事件で拘留していた容疑者の拘束を解いて、自由にすること。または、疑いが晴れることをいう。 「位」は地位や身分、「官」は役目や官職のこと。, 重要な地位や役職がないこと。位がないこと。 他人のことを一切考えずに、自分の思い通りに行動する態度のこと。, 他と比べられないほどに、心の品格が高く、清らかな様子。 「乾燥」は水分がなくなるということから、風情や面白みがないことのたとえ。 「無学」は学問がないということ。 「無智文盲」とも書く。, 物事の筋道が立たないこと。 仏教の言葉で、「無明」は夜が明けないという意味から、仏の真理を理解できず、悟りを得ることが出来ないことのたとえ。 または、そのような人のことを蔑んでいう言葉。 「残念」は目的を果たせずに思い残すこと。 「備え有れば患(うれ)い無し」の形で使うことが多い言葉。, 名前は立派だが内容が伴っていないこと。 「戦」と「驚」はどちらも恐怖で震えること。 「無安」は心が安らぐことがないこと。, この世界のどこにも落ち着ける場所がないこと。 「無為」は何もしない、「自然」は人の手が入っていないありのままの状態。, 何もしないでただ過ごすこと。 「無知」は知恵や学問がなく、愚かなこと。 「喫驚仰天」とも書く。, 人を心の底から深く感動させること。 「位」は地位や身分、「冠」は地位のたとえ。 「高慢」はいい気になって人を見下すこと。 議論を終わらせるときに使う言葉。 「阿」を含む四字熟語の一覧です。阿吽二字・阿吽之息・阿衡之佐・阿衡之佐・阿世曲学・阿鼻叫喚・阿鼻地獄・阿附迎合・阿附雷同・阿保之功・阿保之功・阿防羅刹・阿傍羅刹・阿旁羅刹・阿坊羅刹・阿爺下頷・阿爺下頷・阿諛曲従・阿諛傾奪・阿諛迎合、などがあります。 「蕭条」は静かで寂しい様子。 「涅槃」は煩悩を完全に捨て去った悟りの境地のこと。, 自分の言動を強引に相手に承諾させること。 「無比」は比べることができるものが存在しないということ。, いつまでも無くなることがないこと。 または、天の行いは、はかりしることができないので、人は気がつかないということ。 「無骨一辺」とも書く。, 穏やかで変わったことが特にないこと。 「端」は手がかり。 「三宝」は仏、仏の教え、教えをひろめる僧のこと。, 仏教の戒律を破っても全く恥じることがないこと。 『老子』や『荘子』でよく使われる逆接的な理論。 「無双」は並ぶものが存在しないということ。, 心に不信や不満、欲望などなく、穏やかで落ち着いていること。 一度やると決めたことは、迷うことなくやり遂げるべきであるという戒めの言葉。 仏教の言葉で、信仰によって仏からの恩恵を授かること。, 君主からの命令は、一度出されてしまえば、それが絶対であるということ。 「荒唐」はでたらめなこと。, 仏教の八大地獄のうちの一つ。 もとは仏教語で、仏になるための道はただ一つで、二も無ければ三も無いという意味から。, 堪らなく悔しいこと。 「苦茶」は「無茶」を強調する言葉。 または、そのような人のこと。 または、必要以上に嘆息して見せるだけで、真実だとは思えない詩文のたとえ。 「往生」は元は「圧状」と書き、人を脅して相手に無理やり文書を書かせること。, 苦しい中で色々と工夫して都合をつけること。 「無事」は特別なことが特になにもないこと。 「群竜」の「竜」はよい人材のたとえで、「群竜」は竜がたくさんいるという意味から、よい人材がたくさんいること。 「諸行無常」、「涅槃寂静」と合わせて三法印と呼ばれる。 「慙」と「愧」はどちらも恥じるという意味で、ともに「無」をつけて恥じることが無いという意味から。, どれくらいかもわからないほどの昔のこと。 「無窮」は極まりないという意味から、永遠や永久のたとえ。, 荷物の外側に見えやすいように記す指示で、中の物が壊れやすい物なので、取り扱いに注意して上下を逆にしてはいけないということ。 「無辺」は限りがないということ。, この世で、比べる人がいないくらい優れている人のこと。 「厚顔」はあつかましいこと。 似た意味の言葉を重ねて強調した言葉。. 「無比」は比べられるものが存在しないこと。, 果てがないほど、広々としていること。 「手を束ねて策無し」とも読む。, 体制に背いて、道理に外れた行いをすること。 「迅速」は非常に速い様子のこと。, もっともすぐれた悟りのこと。 大罪を犯した者が死後落ちる場所で、絶え間ない責苦を受け続けるという八大地獄の中で最下層にある地獄のこと。, 特に才能や特技もない人が、食事だけは人並み以上に食べること。 「無私」は個人的な利害や感情をはさまないこと。 「天下」は全世界や全国のこと。 「無首」の「首」は統率できる者のことで、「無首」は統率できる者がいないこと。 「無双」は二つとない、または比べることができないという意味。, 不満や疑念などのわだかまりがなく、聖なる真理などないと悟ること。 「無告」は苦しみを訴える相手が誰もいないこと。, 何の罪も犯していない人たちのこと。 「無」を含む四字熟語の一覧です。悪逆無道・悪逆無道・悪逆無道・鴉雀無声・安穏無事・安心無為・安穏無事・一事無成・一望無垠・一徹無垢・意料無限・異類無礙・異類無碍・慇懃無礼・有為無常・有象無象・有無相生・有耶無耶・有漏無漏・永永無窮、などがあります。 「無礙」は障害になるものがないという意味。 三字熟語Flash. 「無学」は学問がないということ。 「無我」は不変の本質である「我」は存在しないということ。, 間違いや嘘ではない、本当のこと。 「汗顔、地無し」とも読む。, 足りない部分や短所などが全くないこと。 「宏大」は広くて大きいこと、「無辺」は果てがないこと。 「異類無碍」とも書く。, 態度や言葉遣いなどが必要以上に丁寧過ぎると、嫌味に聞こえてしまい、かえって失礼にあたるということ。 「有漏」は煩悩から脱することが出来ない人のこと。 「十十無尽」とも書く。, 他の物がまったく混ざってない様子。 「無為」は人の手が入っていない、あるがままの状態。 「天下に敵無し」とも読む。, 世の中につりあうものが存在しないほどすぐれていること。 「純一にして雑ること無し」とも読む。, 汚れが全くない、真っ白な心のこと。 「異類」は違う種類という意味。 「天道親無し」とも読む。, 同じ時代に比較するものが存在しないほどにすぐれていること。 「無窮」は限りが無いこと。, 痕跡や手がかりになるものが何もないこと。 「渾沌」は物事がはっきりと区別されていないこと。 「竜」は神秘的で、力強く勇ましい動きのこと。 「天地」は上と下。 「菩提」は悟りのこと。, 誰にも気づかれずに目立たないことや、行動しても影響がまったく無いこと。 「無礼」は礼儀を理解していないこと。, 現世で生きることは、苦しいことや悩むことが多く、心が落ち着いて楽になることはないということ。 「万邦」は全ての国。 「万寿疆り無し」とも読む。, 全ての国の中でも、比べることができるものがいないほどにすぐれていること。 「無礼」は礼儀を理解していないこと。 「愚痴無智」とも書く。, よい人材はたくさんいるが、統率できる者がいないために、うまく事が運ばないこと。または、まとめる人がいないこと。 「万寿」は一万年の寿命ということから、長生きのたとえ。 古代中国、蕭何という人物が「韓信は国士無双の人物」といって韓信のことを劉邦に推薦した。その話を聞いた劉邦は韓信を指揮官(大将軍)に登用し、後に天下を取ったという故事から。, 過去から現代まで、比べるものが存在しないほどすぐれていること。 「平穏」は起伏がなく穏やかなこと。, 考えてもいなかった不幸が突然訪れること。 世間のわずらわしい出来事から逃れて、関わらない人ということから。, 話し合うことに意味がないこと。 または、そのような人のこと。 「無尽」は尽きることが無いという意味。, 全てのものが、互いに数え切れないほどの関係を持っていて、反映し、一体化しあっているということ。 「弁才」は弁舌の才能があること。 「無礙」は何ものにも妨げられることがないこと。 「無策」は有効的な対策をだすことができないこと。 「極めて厚さがあるものは、もはや厚い厚くないということすら言えないので厚さの概念自体がない」という詭弁(きべん)。, 口先だけで行動が伴わないこと。 「無常」は変化しないものはないという意味。 「迹」は痕跡。 「無慙」は罪を犯していながら、それを恥だと感じないこと。, 酒や女遊びに溺れて素行に問題があること。 「驚竜」は竜が天に昇ることで、勢いがあることのたとえ。, 書の筆遣いが素晴らしく、筆跡が生き生きとしている様子。 仏教の言葉で、物事の程度や分量などの見当をつけることができないほど大きいことをたとえた言葉。, なにものにも縛られない、自由な心を持っている人のこと。 「悪逆」は律令法の八逆の中の一つで親族殺しのこと。 (adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({}); 古典落語の演目のひとつ。3両を拾った人が、落とし主に届けるが、落とし主は「いったん落としたものは自分のものではない」と受け取らないので、大岡越前守が1両足して、両人の「正直さ」と「潔癖さ」に対し2両ずつ褒美として渡したという話。1両損すれば、3人とも解決するということ。, 自転車は走るのをやめると倒れることから、借金の借入と返済を繰り返しながらかろうじて操業を続けている様子。, 7月10日の観世音菩薩の縁日。この日にお参りをすると、四万六千日お参りしたのと同じ功徳があるといわれている。, 唐代の詩人于武陵(うぶりょう)の詩「勘酒」の一節で、生きていればいつか別れがくるということ。, 京都や長崎などの清水寺へ、7月10日にお参りをすること。この日にお参りをすれば二万五千日お参りしたのと同じご利益があるということ。, 糠味噌の臭いがしみついた女房ということで、家事に追われ所帯じみてしまい、身だしなみをかまわなくなった妻の事。, 中国の「秋浦歌(しゅうほのうた)」に由来する言葉で、憂いによって伸びた白髪の長さは、三千丈(約9キロメートル)もあるかのように思われるという意味で心に憂いや心配事が積もることのたとえ。, 形勢によって有利な方につこうとすること。定まった考えをもたず、事態のなりゆきで考え方を変えていくこと。, 日本の武芸18種目のこと。中国で用いられていた武器を分類した言葉で、江戸時代に日本に伝わった。, 仏教に由来する言葉で、物事はすべて空(くう)であるから、執着すべきものは何一つないということ。, 禅語のひとつで、川の流れがどんなに急でも、水面に映った月が流れれることはないということ。, 日常生活でよく見聞きする言葉もありますが、中には「初めて知った」という五字熟語もあるのではないでしょうか。, 印象に残ったもの、響きのいいものやかっこいいもの、座右の銘になるもの、教訓になるようなもの、あたなが気に入った五字熟語は見つかりましたか?. 「無理」は道理に合わないこと。または、実現が困難なこと。 似た意味の言葉を重ねて強調した言葉。, 邪念や私欲などのない清らかな心を持っていること。 「蕭条として人無し」とも読む。, 心を悩まされることなく、心にゆとりがあり、何もかまえることがないこと。 「破戒」は不殺生、不偸盗、不邪淫、不妄語、不飲酒という仏教の戒律を破ること。 「無聖」は凡人と聖者の差がないという意味。 「枕を高くして憂い無し」とも読む。, 根拠も何もなく非現実的なこと。 または、満足するまで自由に行動すること。 元は、相対的であるものを絶対的であるかのように錯覚してしまう、人間の愚かさや危うさを警告した言葉。, あるのかないのかよくわからないほど曖昧な様子。 「徒食」は働かないで食べること。 主に子供のことをいう言葉。, わずかな汚れもなく、混じり気のない様子。 仁徳者が君主になれば、全ての人民を平等に愛するので、敵になる人がいなくなるという意味から。 「踪」は足跡のことで、影も足跡も存在しないという意味。, 学問と知識のどちらもないこと。 「放蕩」は好き勝手にすることや酒や女遊びに溺れること。 「無量」は量ることが出来ないほど数が多いこと。 「縹渺」は遠くはっきりと見えないこと。 「流」は物事のやり方。 「無識」は知識がないということ。, 学問と知識のどちらもないこと。 「勁」は「きょう」とも、「無」は「む」とも読む。, 全ての人を愛すること。 「疑事功無し」とも読む。, 功績や恩恵がこの上なく大きいこと。 「一辺」は一つの方向に偏るという意味。一辺倒。 「武骨」は礼儀作法を知らず、風情を理解できないこと。 「諸行」はこの世にある全てのもの、全ての現象のこと。 「平穏」は起伏がなく平で穏やかなこと。 「禍福門無し、唯人の招く所なり」を略した言葉。, 計ることが出来ないほど、深く感じ入ること。 または、数が多くつまらない人や物のことを卑しめる言葉。, 有があるから無があり、無があるから有があるという、有と無の相対的な関係のこと。 「廓然」は心が広々としていて、わだかまりなどなにもないこと。 「放免」は拘束を解いて自由にすること。, 恥ずかしいと思うことなく、動揺することもなく悪行を行うこと。 「無味」は味が無いという意味から、面白みが何もないこと。 四字熟語ならたくさん思い浮かぶんだけどな~五字熟語はなにがあったかな?という人もいらっしゃるのではないでしょうか。, 五字熟語の数は、四字熟語に比べると圧倒的に少ないので、パッと出てこないかもしれませんね。, 五字熟語は故事に基づいているものが多く、書き初めや書道コンクールなどでよく見かけることがあると思います。, また、五字熟語が「漢字5文字で表記される語句」という定義であれば、単純に漢字5文字で表記される「特別招待券」「留守番電話」「厚生労働省」などほぼ無限に挙げることができきてしまうんですね。, 今回はそんな五字熟語の中でも有名なものや意味のあるもの、覚えておきたいものを中心に集めてみました。, 世の中を上手に渡っていくためには、まず工夫が第一であり、体を動かすことはその次である。, 昔、長屋に住んでいた女性たちが、長屋の共同井戸に集まって家事をしながら世間話や噂話を楽しんだことに由来する言葉で、主婦が家事の合間にする世間話のこと。, 組織や団体に所属する人たちが、良い時も悪い時も運命をともにすること。またはその関係にあること。, 1590年、豊臣秀吉が小田原征伐を行った際、北条氏が小田原城内で長々と評定を続け、なかなか決定しなかった故事に由来する言葉で、いつまでも結論が出ない会議・相談のこと。, 相手をやや見下した言葉で、相手の能力がどれくらいあるのか見せていただこうということ。, 孔子が人と接する態度について言った言葉。おだやかで、すなおで、うやうやしく、つつましく、ひかえめなこと。, 火事で混乱している現場で窃盗を働く者のこと。また、窃盗を働くこと。人々が混乱している中で利益を得る者、利益を得ること。, 「そうであってほしいな」「こうだったらいいな」という、自分にとって都合の良い希望のこと。, 喧嘩や争いをした者を、どちらが正しいか道理にかなっているかに関わらず、双方を罰すること。, 「光=日」「陰=月」のことで、「光陰」とは月日のことを意味する。月日が経つのは水が流れるように早いので、わずかな時間も無駄にしてはいけないという戒め。, 中国の「孟子(もうし)」に由来する言葉で、少しの違いがあっても本質的には変わらないこと。似たり寄ったりということ。.