confidence or trust in a person or thing」, 畏怖の気持ちが根源にあるものについては、別の語("崇敬"など)をあてるのが一般的。, 長谷千代子、川口幸大・瀬川昌久(編)『現代中国の宗教:信仰と社会をめぐる民族誌』 昭和堂 2013年、, 超絶的存在という語を使用しているのは、宗教を定義する時に「超絶的存在」「超越的存在」といった言葉を用いつつ行うのがひとつのオーソドックスで古典的な方法であり、概念構造がはっきりとし、便宜上好ましいからである(例えば『宗教学辞典』(東京大学出版会)の宗教の項などを熟読のこと), The Internet Encyclopedia of philosophy - faith, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=信仰&oldid=79154517, この項目では、英語での「Faith」や「Belief」の和訳の1つについて説明しています。他の類似語については「. 広辞苑によれば、信仰は一般に、畏怖よりも何らかの親和の気持ちが根源にあるとしている[7]。 【ホンシェルジュ】 日本の土着宗教といわれる「神道」。仏教やキリスト教のように外国から入ってきたものではなく、日本古来の民俗宗教です。この記事では、特徴や仏教との違い、「神仏習合」という考え方、死生観や葬式などをわかりやすく解説していきます。 夏の7月15日を中心に行われるお盆の行事は、祖先の霊をまつる行事を言う。 信仰は奇跡を起こす(マタイ 17:20、21:21、ルカ 17:6)、とされ、信仰は、神の子、あるいはメシアとして、イエスが神との特別な関係にあると信じること(マルコ 1:24、3:11、15:32、マタイ 8:29、14:33、ルカ 4:41)とされる。 受験する大学のレベルに合った参考書も紹介するので、ぜひ参考にしてみてください。. 「人の目を気にしない生活」を選んだがゆえに「人の目が異様に気になる」。 神道は日本古来の教えです。 宗教には違いないのですが、神道の信者だと意識している人はほとんどいないかもしれません。でもほとんどの日本人が神道の教えの中で生きています。神道の考えは長い年月の間に日本人の習慣と一緒になりました。あまりにも当たり シャーマンとは? 『シャーマン』は、スピリチュアル的な存在と繋がることができる存在です。 日本では、霊媒師や祈祷師、巫女、呪術師、イタコなどの存在がそうですね。 シャーマンは、人類の誕生とともに存在した職業で、スピリチュアル的な存在と繋がったり、他者を癒すことができます。 動物や自然霊からエネルギー... 【諸縁(ゆかり)先生】“なりかわり”という独自占術で相手の気持ちを正確に伝える占い師!, 翠蓮先生」や、広島で2ヶ月の予約待ちになるほど人気のカリスマ占い師「蓮香先生」など、. キリストを崇拝する。 彼女は大スターであり、多くの人から崇拝されている存在だ。 お問い合わせはこちらへ。, このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください。. アニミズムとはあらゆる自然物に霊的存在を認め、それらを信仰する事です。 後ほどアニミズムの例を紹介しますが、挙げればキリがありません。一般的には自然物の霊的存在を信仰したり、人間や死者に生き霊や死霊のあることを認め、様々な儀礼を行う信仰を文化人類学(比較民俗学)や宗教学でアニミズム(animism)と呼んでいます。 アニミズムという言葉や概念を生み出したイギリス人類学者E・B・タイラーによれば、これは全ての事物には霊的存在があるという原初的信仰であると考え、これを … 宗教には違いないのですが、神道の信者だと意識している人はほとんどいないかもしれません。でもほとんどの日本人が神道の教えの中で生きています。神道の考えは長い年月の間に日本人の習慣と一緒になりました。あまりにも当たり前過ぎて宗教だと気がついていない人も多いです。, 「神道は自然崇拝」と漠然と語られることが多いです。でもそれだけではありません。「祖霊信仰」も神道の大きな特徴です。, 縄文時代の日本人は自然のいたるところに神の存在を感じていました。神といってもキリスト教のような唯一絶対的な神ではありません。精霊のようなものです。, 自然崇拝の神にはいくつかの呼び方があります。古代の日本人は自然界の精霊を「ミ」「チ」「タマ」「ケ」「ヌシ」などと呼びました。, 「ミ」は自然界の霊の中でもとくに強い霊、神のような存在を意味します。「ヤマツミ」「ワタツミ」などがあります。, 「チ」は自然の猛威を表す言葉についています。荒々しい、男性的な力と表現されることもあります。目には見えないけれども激しい力をもつものです。漢字では「霊」と書きます。ミズチ、オロチ、イカヅチなどがありますね。「チ」は「蛇」の意味だと言われることもあります。蛇は霊力を持った生き物、神秘的な生き物と考えられました。蛇は強い霊力をもつ存在だと考えられたので「チ」の表現になったのでしょう。, 「タマ」は「魂・霊」。コダマ、コトダマなど魂をもつものです。古代の日本人は生き物以外のもの、物質や言葉にも魂が宿ると考えました。, 「ケ」は「怪」。不思議なも存在です。悪いものとはかぎりません。時代が進むと妖怪のイメージで考えられることもありました。人間の考えのおよばない存在は「ケ」なのです。「モノノケ」などがあります。, 「ヌシ」は「主」。場所や物を支配している霊のことです。「池の主」という使われ方をします。「オオモノヌシ」のように神の名前にヌシが付いていることがあります。古代にはその場所を守る神と考えられていたのでしょう。, やがて縄文時代の後半に日本列島に稲作が伝えられ、人々の生活もかわりました。稲などの作物を栽培して本格的な農耕をおこなうようになったのです。, 農耕に必要なのは太陽と水です。太陽は一つしかないので特に尊いものと考えられました。水を与えてくれる神も各地で崇拝されました。, 農耕が普及すると人々は安定して作物が取れるとうに願います。豊作を与えてくれる神(豊穣神)も崇拝を集めました。, 日本は農耕社会だったので太陽神、水神(天候を操る神)、豊穣神といった農耕に関わる役割を持った神がとくに強い力を持つようになりました。このころの太陽神、豊穣神には人格はありません。自然の力、人智を超えた力を象徴する漠然とした存在でした。, 狩猟採集時代の精霊も神の仲間として引き続き崇拝されました。後の時代になると「ミ」「ケ」などの区別はなくなり、名前の一部に古代の面影が残る程度になりなした。すべてをひっくるめて「カミ」と呼ぶようになったのです。, 日本人にとって「カミ」とは「目には見えないが、人にはないすごい力を持つ存在」なんですね。, 日本に限らず世界中で古代より祖先の霊を祀る習慣がありました。人が動物と大きく違うのは亡くなった人をいつまでも覚えていることです。人は死者とのつながりをいつまでも感じて供養や様々な儀式を行うようになりました。, やがて祖先の魂はカミとして崇拝の対象になりました。人間は自然の一部ですから人の魂も精霊の仲間です。様々な精霊の中に祖先の魂も加わったのですね。, 古代日本では祖先の霊は氏神として崇拝されました。一族のもとになった祖先の魂が氏神の始まりです。最初は同じ一族が信仰する共通の祖先が氏神でした。, 農耕には大勢の人手が必要です。安定して食べ物がとれるとそこに暮らす人々の数も増えました。すると人と人のつながりが大切になってきます。, 人々が集まるとリーダーが産まれます。大きな集団になればなおさら指導力をもった人が必要になります。人々の集団をまとめるリーダーとその一族は地域の有力者になりました。地域の代表はやがて族長や王となります。地域に有力者が生まれるとその祖先はとくに支持を集めました。それが氏神です。, 「人が神になる」これが神道の大きな特徴です。人間の魂も自然の一部ですから神になってもおかしくないのですね。, 時代が進み集団で暮らす人の数が多くなると血縁社会から地縁社会になりました。血縁者同士で協力するよりも同じ場所で暮らす人同士が協力したほうがもっと多くの人手を確保できるからです。, また、氏神とは別に土地を守る神:産土神がいます。人々はその土地を守っている産土神のおかげで生活できると考えました。古代からあったヌシの考えが受け継がれているのですね。, やがて氏神と産土神の区別が曖昧になりました。血縁関係はなくてもその土地に住んでいるというだけで氏神に守ってもらえると考えられるようになりました。大いに栄えている一族の氏神なら強い力を持っているのではないか、その神様を信仰すれば自分たちもその恩恵にあずかれるのではないか。と考えられるようになりました。氏神は一族だけのものではなく、地域で暮らす人達の神様になったのです。, やがて氏神と産土神の区別がなくなりました。王や有力な一族の祖先は氏神として崇拝され地域を守るカミとなったのです。, 日本で最高の神は天照大御神。太陽の神であると同時に皇室の祖先ですよね。祖霊信仰と自然崇拝が合体した神様なのです。八幡神もかつては九州の宇佐地域の氏神でした。日本各地の氏神もかつてはその地域を開拓した人たちの祖先だったりその地域の守り神です。, こうして仏教が伝わるまでは自然崇拝と祖霊信仰が合わさったものが日本では信仰されていました。当時は神道という名前はありません。名前はなくても困らなかったからです。, 仏教が伝わったあと、仏教と区別するために昔ながらの信仰は「神道」とよばれるようになりました。それも仏教と区別するために「神道」と呼んだだけなので「神道」という言葉は一般には普及しませんでした。, 意識しないくらい当たり前だったのが神道という教え。だから現代の日本人も神道の教えに気が付かないのは当たり前なんです。, たかふみ 信仰のことを仏教においては「信心(しんじん)」と呼ぶことが一般的である。「信仰」と書いて古くは「しんごう」と読んでいたこともある[6]。, このように、この語は多くの場合宗教的概念、例えば神、教義などを信じることに対して用いる[4]。 産土神信仰と先祖崇拝は根が一つなのだ。 産土神に限らず、神道において死者は神になると考えられた。 人間から神になった存在としては天神様の菅原道真や日光東照宮の徳川家康が有名だが、このような「人神」を祀る神社は意外に多い。 『アニミズム』は[精霊信仰]という意味で、“自然界のすべてに霊魂が宿る”という考え方を指しています。 イギリスの人類学者エドワード・バーネット・タイラー氏による“原始文化(Primitive Culture)”で、原始宗教の特徴を『アニミズム』と表したのが始まりです。 アニミズムの対象は、自然の中に存在する物すべてであり、事物も事象も含め、太陽や月や星、水、木、山、川、石、雲、雷、とにかくすべてです。 「聖なるものは自然に宿る」という考え方を元に、世界中で巨石崇拝や山岳信仰などがありますね。 自然の物に宿る目に見えない聖なるものがアニミズムであり、人格神とは真逆のところにあると言っても良いでしょう。 アニミズムは、自然の物のすべてに魂は宿り、生霊や死霊があることを認め、生命の存在をすべての物に認めるということです。 ある意味で非常に原始的な考え方であり、いま生きている者の生き方や死後の世界などに適用して考えられています。, ただし、スイスの心理学者ジャン・ピアジェ氏は、アニミズムを別の意味として捉えています。 幼児期の思考形態では、玩具などの生命を持たない物に命や意思があるかように擬人化して考えることがあります。 その心理を『アニミズム』と呼んだのです。 これは分別のある大人から見た場合[精霊信仰]とは別の概念ですが、やはり命が宿るものとして捉えるという意味では、まだ幼くて理解できない幼児にとっては同様の捉え方なのかもしれませんね。, アニミズムは日本古来からの信仰に見ることができます。 アイヌ民族をご存知でしょうか。 彼らの霊的世界はアニミズムに通ずるものがあります。 生活に使う道具や家、生息する場所など、すべてに神が宿っていると考えています。 狩りでは必ず山や森に祈り、川の水神様に祈り、漁に出ては祈り、風にも雨にも波にも祈りを捧げます。, また、日本では漁業組合が川の解禁日の前に魚の慰霊碑を建て、これまで釣ってきた魚の霊を弔いますし、縫製に携わる人たちは針供養を行い、茶道に関わる人たちは茶筅供養を行います。 ほかにも人形供養など様々な供養が行われますが、それもすべてアニミズムと言えますね。 さらに御神木は心霊の依り代として考えられ、神社にある石にしめ縄が張られている磐座も神の依り代として崇拝されています。, ほかにも挙げればキリがないほど日本にはアニミズムに通じる信仰があり、それはほとんど日本古来から信仰されてきたものです。, 『アニミズム』のほかに、『シャーマニズム』という宗教形態があります。 いずれも古来から続くものですが、この2つにはどんな違いがあるのでしょうか。, 『アニミズム』も『シャーマニズム』も、いずれも自然の精霊を崇拝するものです。 “シャーマン”とは、精霊や神との交流によって神や天からの啓示を伝え、呪術的な儀式形式を行う宗教的な役割を持つ人のことです。 シャーマンは祭祀のときにはトランス状態に入り、意識のない状態で精霊や神と交信をします。 『シャーマニズム』はシャーマンの存在を中心とした宗教形態で、世界中に存在するものだと言えますね。 『アニミズム』の信仰の形態としては、“シャーマン”を介さない自然崇拝を指しています。 ただし、アニミズムの近くにシャーマニズムが存在することはあるでしょう。 この2つは異なるものでありながら、概念としては分けて考えることが難しい関係にあります。, では、『アニミズム』は『自然崇拝』と同様のことなのでしょうか。 一見するとアニミズムを自然崇拝とも受け取ることができるでしょう。 或いは、[アニミズム=自然崇拝]だと思っている人もいるかもしれませんね。 しかしこの2つは異なるものです。 その違いを説明しますね。, ある意味で、『自然崇拝』はアニミズムの原形とも言えるでしょう。 「自然の物、自然現象、自然にあるすべてのものを崇拝し、或いは自然を神化して信仰すること」が自然崇拝です。 しかし自然崇拝の考え方には、「自然の物、自然現象、自然にあるすべてのものには[精霊が宿る]」という趣旨のものは一切ありません。 自然崇拝は、自然そのもの、自然現象そのもの、自然にあるものすべてそのものを崇拝するという考えです。, 一方アニミズムは、「自然の物、自然現象、自然にあるすべてのものには[精霊が宿る]」という考え方を持っていますので、ここに大きな違いがあるということです。 ただし、いずれも自然を崇拝しているという意味では、共通していると言えますね。, ここまで読んで、アニミズムをどう思いましたか? 「自然の物すべてに精霊が宿っている」という一つの[考え方]として捉えることができますね。 しかしアニミズムに関しては、単に一つの考え方として済ませることはできないようです。 「アニミズムは宗教ではないか」「いや、宗教ではない」という議論は長年に渡って行われており、結論に達することは未だできていません。, もしもアニミズムが宗教だと言うならば、これほど広範囲に世界中に広がっている宗教はないでしょう。 そう考えると、もしかしたら世界の宗教のトップかもしれませんね。 さらに長い歴史の中で脈々と受け継がれてきたアニミズムは、人類史上最も古い宗教だということになるのではないでしょうか。, しかし考えてみてください。 世界中に存在する宗教と比較しても、アニミズムがそうした宗教とは意味が異なることが分かるでしょう。 イスラム教、ユダヤ教、キリスト教、仏教。 そうした宗教には、モスクやシナゴーグ、教会、お寺が存在します。 信仰している者は皆、そこへ集まり、祈りを捧げたり拝んだりします。 そういう意味では、アニミズムを宗教として考えるのは難しいのではないでしょうか。, アニミズムは自然と人間の関係性を考える上での世界観であり、無意識の中にその考えを持っていることが多いのではないでしょうか。, LINEトークで人気占い師に鑑定してもらえる「LINEトーク占い」が当たると話題になっています。, 例えば、名古屋の人気占いサロン即應翠蓮の「翠蓮先生」や、広島で2ヶ月の予約待ちになるほど人気のカリスマ占い師「蓮香先生」など、全国の人気占い師に鑑定してもらえます。, 初めて利用する方は、10分間無料で鑑定してもらえますので、一度試してみてはいかがですか?. 茶道というと、難しい決まりのある非日常の芸事だと思われるかもしれません。しかし、そこにある考えは、日常に応用できる面白いものがたくさんあります。ここでは、知識が無くても楽しめる本5冊を紹介。茶の湯を舌でなく、読む事で味... ホンシェルジュはamazon.co.jpを宣伝しリンクすることによってサイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設定されたアフィリエイト宣伝プログラムである、Amazonアソシエイト・プログラムの参加者です。. 日本の土着宗教といわれる「神道」。仏教やキリスト教のように外国から入ってきたものではなく、日本古来の民俗宗教です。この記事では、特徴や仏教との違い、「神仏習合」という考え方、死生観や葬式などをわかりやすく解説していきます。あわせておすすめの関連本も紹介するので、ぜひご覧ください。, 自然現象など神羅万象に神が宿ると考える、日本独自の民俗信仰を「神道」、別名「惟神道(かんながらのみち)」といいます。「開祖」や「教典」は存在せず、多神教として「八百万の神」と呼ばれる多数の神を崇拝するのが特徴です。, 神道の起源は古代日本に遡り、縄文時代から弥生時代にかけて原型が成立したと考えられています。伝統的な民俗信仰や自然崇拝を背景に、中央政権や豪族たちによる支配体制の根拠と結び付けられながら成長しました。, 数多くの神が存在する神道ですが、なかでも最高の神格を有するのが、天皇の祖先神である「天照大神」です。日本では長らく天皇が尊ばれてきましたが、その神格性は天照大神の末裔であることに最大の根拠があると考えられています。, また神道と、6世紀のなかばに日本に伝来した仏教は相性がよく、奈良時代頃より両者が融合してひとつの宗教体系を構成するようになりました。これを「神仏習合(しんぶつしゅうごう)」といいます。, その後、明治維新による天皇を中心とする国づくりのために「神仏分離政策」がとられ、神道は国教とされました。「国家神道」という体制のもと、天皇は「現人神」として、存在そのものを神と位置づけられるようになったのです。, 太平洋戦争が終わると、国家神道は戦争の一助になったとして、GHQから危険視されるようになります。存続を危ぶんだ昭和天皇は「人間宣言」をし、天皇の神格化は否定される結果となりました。, 日本には、神道の神々を祀る社「神社」が全国に約8万5000あるとされていて、民間の宗教法人である「神社本庁」がその大半を統括しています。, 人類の歴史において、数えきれないほどの宗教戦争がくり返されてきました。古来より神道を崇拝していた日本も例外ではなく、外来宗教である仏教が伝来した際に、その受け入れをめぐって激しい対立が勃発しています。, しかし日本は、他の国では想像もしなかったであろう方法で、この争いを解決しました。それが「神仏習合」という、「神道も仏教も両方信じる」という発想です。, たとえば神社の神宮寺。これは神社に付属して建てられた仏教寺院のことで、本来ならば神を祀る神社に仏の存在を持ち込んだことになります。また神前読経という、神道の場において仏教の経典を読みあげる儀礼が実践されていたようです。, この「神仏習合」に端を発する考え方は、日本人に深く根付いているのではないでしょうか。たとえばクリスマスを祝い、ハロウィンを祝い、初詣に出かけ、子どもが生まれればお宮参や七五三に行きます。結婚式は教会や神社で挙げ、一方でお葬式はお寺で執りおこなうことが多いでしょう。さまざまな宗教をミックスした暮らしを送っているのです。, 神道と仏教は神仏習合によって融合されましたが、本来は違った宗教のため、異なる点もあります。両者の違いを紹介しましょう。, 神道には存在しません。仏教では仏陀(釈迦)が説いた教えに基づく「経典」「教義」「戒律」があります。, 神道における聖職者は「神職」「神主」「巫女」と呼ばれ、袴を着て烏帽子を被り、祝詞を唱えたり祈祷をおこなったりします。, 一方の仏教では「僧」や「尼」と呼ばれ、お経を唱えたり、説教をしたりする役割があります。宗派によって異なりますが、頭を丸め、袈裟をまとうのが一般的です。, 神道の宗教施設は「神社」で、神を祀り、さまざまな儀式をおこないます。仏教の宗教施設は「寺」です。悟りを目指して修行をしたり、一般の人に仏教の教えを説いたりします。神社には鳥居が、寺には墓地や仏像があるのが一般的です。, 神道は二礼二拍手一礼で参拝するのが一般的。仏教では合掌をします。数珠を持ったり、護摩を焚いたりするのも仏教独自の参拝方法です。, 神道の基本的な信仰は「祖先崇拝」です。氏族の始祖を「氏神」として崇敬し、子孫の守り神であると考えています。亡くなった人は、家族や親族を見守る祖先神になるとされていて、肉体が滅びでも魂は滅びることなく、死後の世界で家族や子孫を見守っているという考えです。, この死後の世界は「黄泉の国」や「幽冥(かくりよ)」と呼ばれ、大国主大神という神が治めています。幽冥はこの世から遠くない世界であり、現世から見ることはできないものの、あちらから現世を見ることはできるようです。, また神道では、現世で大きな功績を挙げた者、国家に反逆し戦乱を起こした者、恨みを抱いて亡くなった者などは神になると考えられています。特に恐れられていたのが、恨みを抱いて亡くなった人物。彼らは死後に祟り神となって災いをもたらすとされていました。, 江戸時代になると、幕府が設けた「寺請制度(てらうけせいど)」によって、葬儀や供養は仏教式で統一されるようになりました。現代でも多くの人が葬式を寺で挙げるのは、当時の影響が残っているからです。, あまり知られていない神道の葬式は「神葬祭」といい、仏教式の葬式と異なる点が多くあります。, 仏教では、死後の名前として「戒名」や「法名」がつけられるのが一般的です。それに対し神道では、「諡号」(おくりな)がつけられます。また仏教では焼香や線香を用いますが、神道では榊などの枝に紙垂(しで)を付けた玉串を用いて拝礼をおこなうのが一般的です。, 墓は「奥津城(おくつき)」といって、天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)をかたどった頂点を尖らせた形をしているものが多く、正面に「〇〇家奥津城」と刻みます。, 葬儀の流れとして統一された形式があるわけではありません。これは神道が日本古来の自然崇拝や祖先崇拝をもとに、自然発生的に生まれ進化した民俗信仰だからです。地域や神社によってさまざまな形式が存在しています。, 全国に約6万店あるといわれるコンビニ。実は神社の数は、そんなコンビニを大きく上回る8万5000社といわれています。この数から、いかに神道が日本人に根強く浸透しているかがわかるでしょう。, 戦中は国家神道として猛威を振るい、戦後も紆余曲折を経ながら日本人の生活に影を落としている神道。その影響力は凄まじいものがあります。, 本書では、そんな神道がいかにして生まれ形成されてきたのかを探ります。中世を中心に、古代から近世に至るまでの歴史を丹念にたどっていくと、日本人の心の在り方が見えてくるでしょう。, 本書には、「鎮守の森」が登場します。これは神社の境内や周辺にある森林のことで、閑かでありながら無機質な無音ではなく、風や水、木々のざわめき、鳥や虫などさまざまな音が混然一体となっている空間です。その存在に癒しを感じた経験がある方も多いでしょう。, 人間もまた自然の一部であり、自然すべてに何かが宿っていると感じる瞬間です。そんな感覚を大事にしているのが神道で、日本人の核となっている部分なのではないでしょうか。, 本書の作者は、全国の神職200人以上に取材をし、日本人の根底にある精神性を探っています。神職に就く方の生の声を聞ける、貴重な一冊です。, 日本史は受験科目のなかでも覚えなければならない出来事や用語が多く登場します。 変わった人だねと言わ... 江戸時代に華開いた「元禄文化」。歌舞伎や俳諧など、現代日本に伝わる芸事の基盤ができた時代でもあります。この記事では、特徴や化政文化との違い、代表的な人物と作品などを紹介していきます。あわせておすすめの関連本も紹介するの... 葛飾北斎「蛸と海女」のパロディである「巨大フジ隊員VSキングギドラ」で注目を浴び、その後もエロスとグロテスクが融合した作品で知られる会田誠。日本のみならず海外でも人気を博している現代美術家です。この記事では、そんな彼の... 世界最古の長編小説とも言われる『源氏物語』。光源氏を主人公にして、作者の紫式部は何を描きたかったのでしょうか。ただの平安貴族の恋愛ストーリーだけではない、『源氏物語』を知るための本も合わせて紹介します。, 距離を置いて初めて見えてくる物事の本質、今回は出国前、成田空港の書店で出会った、日本という国が誇らしく思える本をご紹介します。. 「普通なんてない」といいながら「平均が気になる」。 祖霊信仰(それいしんこう)もしくは祖先崇拝(そせんすうはい)とは、既に死んだ祖先が、生きている者の生活に影響を与えている、あるいは与えることができる、という信仰である。, 中国、朝鮮、日本など東北アジアのものが特に有名であるが、ズールー人など、世界的にも見られる。中国では祖先崇拝と呼ばれ、清明節などの習慣がある。日本では、学問的には祖先崇拝の名称が用いられているほか、祖霊信仰という名称も用いられている。先進国では、過去に存在しても、一神教などに置き換わられて、超越されている事が、一般的とされる[1][2]。, 日本では社会学分野で「先祖祭祀」の用語が定着している。明治以降1950年代ごろまでは「祖先崇拝」が多く使用された[3]。, 人間がこの世に生まれるのに親、祖父母、曽祖父母などの存在が必要で、これらの自分より前の世代を敬う傾向は世界的に遍く見られるが、それを「先祖」「祖先」「祖霊」として神聖視することは一部の社会における宗教行為である。たとえ生物学的・遺伝的には辿ることができたとしても、精神的・社会的には神聖視されるべき要素を持っていない、としている社会は数多くある[要出典]。, 又、「先祖への神聖視」は、裏返すと「後裔への軽視」や「血縁のない人たちの軽視」という側面を持っている場合がある[要出典]。, 「先祖」を社会的に意味づけする社会においても、生物学的・遺伝的に見て繋がりのある先行者が全て「先祖」と見なされている訳では必ずしもない。特定のタイプ、カテゴリーの人間を「先祖」としている。, 祖先を崇拝する社会において、「先祖」とされる人は、その社会の親族構造と関連性がある。すなわち父系社会においては、父方の生物学的先祖であった人が「先祖」とされるなど、崇拝する側の親族構造・社会制度、「先祖」とされる対象のヒエラルキー・システムに、相関性・関係性があるのである。[4][5][6], 中国の祖先崇拝の文化は儒教が根源になっていると考えられがちだが、儒教思想が広がるかなり前から祖先崇拝の文化は存在した[7]。, 殷の時代には病気や災害は天や祖先の祟りであると考えられており、それを宥めるために祭祀が行われていた[7]。また、殷は強固な父系社会であり、祖先を敬うことは社会秩序の維持のためにも重要であったと考えられている[7]。, 周の時代になると、福は祖先から、災いは天からもたらされると考えられるようになり、子孫の幸福のために祖先を祀るという考え方が生まれた[7]。, このような中国の祖先崇拝の文化は孔子及びその弟子たちが儒教を通して発展させた[7]。孔子の生きた春秋時代は従来の身分秩序が崩壊した時代であり、孔子は緩やかな家父長制に基づく家族関係をもとに社会秩序を再構築することを説いた[7]。儒教はもともと大きな社会勢力ではなかったが、漢の時代になって儒教の経典が公認され、儒家が要職に登用されるようになって中国全土へと普及した[7]。, 中国の祖先崇拝における「祖先」の概念には幾つかの条件があり、先に死去した親族が必ずしも祖先として崇拝されるものではない[8]。まず、祖先となるには死者でなければならないが、夭折した者、未婚の者、横死した者は祖先になれず、悪い行いをせず天寿を全うする必要がある。また、祖先となる者は自分を崇拝してくれる子孫を設ける必要があるが、その子孫は自分と同じ姓の宗族員であり、男子もしくは婦人の地位をもつ女性でなければならないとされている。祖先崇拝の宗教観では、祖先は神明と鬼魂との中間的存在であり、適切な供儀を欠かさなければ一族を栄えさせるが、供儀を怠ると鬼魂へと変化し子孫に悪影響を及ぼすと考えられている[8]。, 祖先の霊を祀り、崇拝する。日本では先祖を「遠津祖」、「祖神」、「ご先祖様」、「ホトケ様」と言い、一般家庭で祖霊社や位牌を仏壇の中央にまつる慣習、お盆や彼岸にこれらの霊をまつる行事が祖霊信仰に属する。, なお、以下は主に日本本土における祖霊信仰について解説するが、奄美・琉球(奄美群島、沖縄県)の地域における祖霊信仰については琉球神道の項を参照のこと。, 死者が出ると、初七日・四十九日と法要を行い供養し(詳しくは中陰を参照)、さらに1年後に一周忌、2年後に三回忌、七回忌と法要を行う。その後、三十三回忌(地域によって差がある。四十九回忌、五十回忌のところもある)を迎えると、「弔い上げ」といって、このような法要を打ち切る。この「弔い上げ」は、生木の葉がついた塔婆を建てたり、位牌を家から寺に納めたり、川に流したりと、地域によって異なる。この「弔い上げ」を終えると、死者の供養は仏教的要素を離れる。それまで死者その人の霊として個性を持っていた霊は、「先祖の霊」という単一の存在に合一される。これが祖霊である。祖霊は、清められた先祖の霊として、家の屋敷内や近くの山などに祀られ、その家を守護し、繁栄をもたらす神として敬われるのである。前述の通り、先祖の霊を「ホトケ様」「カミ様」「ご先祖様」と呼ぶことにはこのような意味がある。, 祖霊信仰は、前述のように、盆や彼岸の行事などの形で日本全国に普通に見られる信仰である。縄文時代から環状列石による祖先崇拝を中心とした祭祀・儀礼が行われていた[9][10]。祖霊信仰のような祖先崇拝は日本を除いては、中国や太平洋地域の一部の限られた場所にしか見ることしかできない。, 夏の7月15日を中心に行われるお盆の行事は、祖先の霊をまつる行事を言う。古くからインドで7月15日を中心に死者の苦悩を払い、死者の霊を慰め供養する盂蘭盆会 (うらぼんえ) の略語であるとされたが、実際に日本におけるお盆の行事は、それまでの日本の祖霊信仰と習合して発生した行事だと考えられている。また、春と夏に行われる彼岸という行事も、元々浄土思想に由来し、西方浄土を希求する中国の念仏行事であったものが、日本仏教において、先祖崇拝の行事になった。このような経緯からも日本における祖霊信仰という土壌を考えることができる。また、先祖の霊を祖霊社(地域によっては総霊社)という社に祀る場合もある。一般の家に神徒壇、神棚や祭壇を設けて、先祖を祀っている場合も多く見られる。, 祖霊信仰に関連する事項として、民俗の両墓制について触れる。両墓制とは、死者が出た時に二つの墓所を作ることである。かつては遺体を埋葬する墓としての、埋め墓(捨て墓)と呼ばれる墓と、自分の家の近くや寺院内に建てる参り墓、詣で墓を作ることがあった。遺体を直接埋葬する埋め墓、捨て墓は、人が近づかない山奥や野末に作られ、埋められた遺体や石塔は時が経つにつれ荒れ果て不明になる。この埋め墓、捨て墓は、そこ自体を死者供養のための墓所としている訳ではないので、永く保存する事を目的としていない。一方の参り墓、詣で墓は家の近くや田畑、寺院など参詣に便利な場所に建てられることが多い。こちらの墓こそが、永く死者供養をすることを目的とした墓所になる。こうして、先祖の霊を居住地の近くに配置し、供養し、家の安泰を願うことも、祖霊信仰のうちの一つと言っていい。また、近世に至ると、直接遺体を葬った場所に墓所を建てることも多くなった。, 祖霊信仰に関連する事項では、やはり墓所について屋敷墓の存在が挙げられる。屋敷墓は、自分の屋敷の中に墓を設けることである。史料や遺構で確認されるのは中世期である。この時代の墓制や葬送習慣についての詳細は、地域や身分階級によって異なるから、一概には言えない面もあるが、屋敷の中に死者を葬る特殊な墓制があるため、屋敷神としての先祖を家の中に祀った祖霊信仰の一種と考えることができる。, 韓国も日本と同じ儒教圏であり、祖霊信仰が根強い。日本の法事に当たる祭祀(チェサ、en:Jesa)がソルラル (旧正月) 、秋夕 (チュソッ) 、曽祖父、祖父、父の忌日に家族が集まって行われる。また、祭祀は普通長男が行う。 ただし、信仰の対象になるのは、自分の直接の祖先のみで、傍系の祖先は信仰の対象にならない。従って、子孫を残さないまま死去したら、無縁仏として扱われる。, Encyclopedia Britannica,15th edition,1994,vol.26,page545,Systems of Religious and Spiritual Belief, p.332『近現代日本の宗教変動 : 実証的宗教社会学の視座から』、問芝志保「穂積陳重の先祖祭祀論」, 渡邉欣雄『漢民族の宗教:社会人類学的研究』 第一書房 1991年、, http://www.jomon.or.jp/2010/12/09/%E7%B8%84%E6%96%87%E6%99%82%E4%BB%A3%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E5%A2%93%E3%81%AE%E5%A4%89%E9%81%B7%E3%81%A8%E7%A5%AD%E3%82%8A-%E8%A6%AA%E6%97%8F-%E5%9C%B0%E5%9F%9F/, http://www.book-stack.com/browsing/aj201104t.pdf, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=祖先崇拝&oldid=77583122.